宮崎駿による漫画『風の谷のナウシカ』には、数多くのマスクが登場する。
作品の主要な舞台の一つ「腐海」の菌類が発する瘴気の中で生きるために、不可欠な小道具としてのマスクである。
分類整理してみたところ、おおよそ次のような5タイプに分かれるようだ。
風の谷型 |
左右に房
| 風の谷のマスク ナウシカのマスク |
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トルメキア型 |
ツナ缶型×2
| ペジテのマスク トルメキアのマスク
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土鬼型 | パイプ4本 (穴4つ) | 土鬼のマスク
チククのマスク |
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蟲使い型 |
鼻チューブ
| 蟲使いのマスク |
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森の人型 | ザク型着ぐるみ | 森の人のマスク |
これらをイラスト化して6つのグループに分けてレイアウトし、
想像図による補足を含めて『ナウシカ世界のマスク図鑑』を作成してみた。
*参考文献・引用元は、漫画版『風の谷のナウシカ(1〜7)』(宮崎駿, 徳間書店)。
*イラストは全て模写(紙にシャープペン、ハイライトはマウスでPhotoshop鉛筆ツール)。
*上の赤字は、以降のイラスト内で用いたマスクの種類の名称。
*「1-p100」という表記は、漫画1巻の100ページに掲載されている、という意味。
*映画版の『風の谷のナウシカ』については触れていない。
『風の谷のナウシカ』の概要
『風の谷のナウシカ』の舞台は、巨大産業文明が「火の七日間」と呼ばれる最終戦争で崩壊したのち、約一千年後の未来。
猛毒の瘴気をまき散らす巨大な菌類と奇怪な蟲が蠢く森「腐海」が地表を覆い、
高度な技術文明を失った人類が、腐海の毒に脅かされつつ、残された僅かな土地をめぐって争いながら生きている世界である。
作品のほとんどは、この世界を支配する二つの大国、トルメキア王国と土鬼(ドルク)諸侯国連合帝国の戦争で占められる。
トルメキア周辺の小国「風の谷」の族長の娘ナウシカは、この戦争に巻き込まれて従軍したのち、主に敵地である土鬼帝国を旅しながら、
旧世界の文明によって企てられたこの世界の秘密を明らかにしていく。
この世界における腐海とマスク
腐海は人類を脅かす存在でありつつ、必ずしも禁忌とされているわけはない。
この時代の人類は、風の谷の住民のように、腐海に隣接した土地で暮らしながら、
必要に応じて、またしばしば楽しみのためにさえ腐海に足を踏み入れているようだ。
作品の冒頭も、ナウシカが「腐海遊び」と揶揄される、
一種のキノコ狩り的なトレッキングツアーを楽しむシーンから始まっているし、
そこで巨大な王蟲の抜け殻を見つけたことは、谷に豊かさをもたらす幸運として城オジたちに賞賛されてもいる。
腐海は人類に破滅をもたらす災厄であるのと同時に、気を付けて接すれば、
有益なものを与えてくれる存在としても描かれていることが分かる。
また、トルメキアと土鬼という二大勢力の影で、忌み嫌われる存在として登場する蟲使いは、
日常的に腐海とその外を行き来しており、その末裔である森の人は、腐海の中だけで暮らしている。
このように、腐海は様々なレベルで人類の生存圏に重なっている。
そのため、腐海の毒から身を守るための瘴気マスクは、一般的な必需品として用いられ、
またそれぞれの文化圏の特色を持つものとなっている。
2019年末、現実世界に広がり始めた新しいウイルスによって、
人類の生存圏そのものが新たな「腐海」と化してしまった。
ポストコロナ、あるいは疫病と共生を余儀なくされる時代、
どのようなマスクが生まれ、人々の暮らしに根付いて行くかを想像しながら、この資料を作成した。
「ナウシカ世界のマスク図鑑」の補足
【風の谷型】風の谷のマスク、ナウシカのマスク
風の谷のマスクに特徴的なのが、左右のシッポのような房。
おそらく中には瘴気を解毒する機構が入っていて、空気はそこで一旦溜まり、浄化された空気を吸う仕組みなのだろう。
柔軟性と伸縮性があるようだが、素材は不明。想像図では生物由来の機構を描いた。
トルメキア軍の攻撃を受けペジテから逃れてきた瀕死のラステル姫を救助する時には、その房の先端にある穴から息を吹き込む描写もあった。
このとき、ナウシカのマスクにみられる正面の二つの開口部のうち、下から息を吹き込んでいた。
上下の穴は、それぞれ空気の出入りを担当しているのではないだろうか。
のちにミトが負傷したトルメキア兵を救護する際にも息を吹き込む描写があるが、
「クソッ 姫さまのようにはいかんわい」(5巻 p.93)
とぼやいていることから、それなりに難しい作業のようだ。
風の谷型には、正面の開口部の穴の形状に様々なバリエーションがあることと、
全体的な形状の違いとして次の4種類が確認できた。
①ナウシカのマスクのように鼻と口を覆うもの(マスク型)
②鼻と口から喉、胸元まで覆うもの(ネックウォーマー、フェイスマスク型)
③ユパ様のようにゴーグルも付いたもの
④ミトが使用する全頭マスクタイプ
【トルメキア型】ペジテのマスク、トルメキアのマスク
左右についたツナ缶型の、穴の開いた小さな円筒形が、解毒する機構だろう。
風の谷のマスクの房に比べると小型化されている。
工房都市ペジテの王子であるアスベルは、左右の耳元に円筒形がついているだけで、現代のフェイスマスクと変わらないシンプルでスポーティなマスクを使用していた。
もしかしたら戦闘機のパイロット用に、視界を邪魔しないよう作られた特別製なのかもしれない。
その後、アスベルとナウシカが二人で半分ずつ使いながら飛行するシーンがあることから、シンプルながら解毒機能は十分あるようだ。(1巻 p.136、2巻 P.9)
トルメキア兵も、同じような薄い円筒形が左右についたマスクを使用している。
おそらく工房都市ペジテの技術者が製造し、軍に供給しているのだろう。
負傷したクワトロが、クシャナに水を飲ませてもらうシーンでは、
「このマスクを作った奴は自分でためしてみたんですかね」
「瘴気の中で水を飲めるだけでも感謝しろ」(5巻 P.41)
というやり取りがあり、かろうじてついているレベルで水を飲むための機構があることが伺える。
【土鬼型】土鬼のマスク、チククのマスク
小さな煙突のような4本のパイプが特徴。
マニ族の長である僧正様が登場するシーンでは、後ろを歩く少女が持つ大きな袋からチューブが伸びて、
左右外側のパイプに接続されていた。(2巻 P.14)
このことから、外側2本は吸気を担当しており、残る2本は排気を担当していることが伺える。
ナウシカも土鬼のマスクを使用しており、背中に背負った空気タンクからのチューブを使用していた。(5巻 P.76)
チククのマスクは独特の形状だが、下に4つの穴が並ぶところは、土鬼型の特徴に通じている。
口の部分に空いた穴からは吹き矢を撃つこともできるなど、一般の土鬼型にはない機能もあるようだ。
【蟲使い型】
蟲使いたちのマスクでは、後頭部についた解毒装置と思われる箱から2本のチューブが「鼻あて」に伸びているが、
口はただ包帯かゲートルのような帯で巻かれているだけのように見える。
おそらく彼らは鼻だけで解毒された空気を吸い、口は吐くことだけに特化するよう訓練されているのではないだろうか。
そして口で息を吸えない不便さの対価として、腐海の中でも飲み食いができるなど、
長期滞在に適したメリットがあるのではないかと想像する。
【森の人型】
森の人は、最も腐海に適応した独特の文化を持ち、蟲使いたちに畏れ敬われる存在として描かれている。
作品中でユパ様は次のように森の人についての伝承を暗唱している。
「森の人は蟲使いの租にして最も高貴な血の一族
火をすて人界をきらい腐海の奥深く棲まう者
蟲の腸をまとい卵を食し体液を泡として住まう…」(3巻 P.86)
しかしそのその割にマスクは小型化されておらず、モビルスーツ「ザク」を思わせる特徴的な太いチューブは、どう見ても「風の谷型」の房よりも体積が大きい。
このチューブは全頭マスクの口部分から、肩甲骨のあたりに伸び、着ぐるみのようなスーツの中に続いているようだ。
この大げさで不格好なコスチュームでしか得られないメリットとは、何だろうか?
もしかしたら、顔を覆われ、苦しい呼吸を我慢しなければならない従来のマスクに別れを告げ、
清浄な空気で満たされた着ぐるみの中で、自然にゆったりと呼吸できるシステムを構築しているのかもしれない。
ユパ様の暗唱した「蟲の腸をまとい」から想像すると、ザク型のチューブは蟲の内臓であり、
類推すると「風の谷型」の「房」も、その一種ということも考えられる。
風の谷型で描いた想像図は、これに基づいて小腸の柔突起のような構造をイメージした。
世界が、マスクなしで暮らせるようになる時代が早く来ますように。